早崎芳夫, 情報フォトニクスの展開, 情報フォトニクス研究グループ機関誌


情報フォトニクスの展開


情報フォトニクス研究グループの名称が,光コンピューティング研究グループから変更されたのが,2002年4月である.名称変更について議論する中で,光情報技術,光情報処理などの「光+情報」をキーワードにした用語,「フォトニック情報システム」等のシステムを含む用語が候補として挙げられた.「光コンピューティング」は,やはり,魅力的であるので変える必要はないという意見もあった.その中で,多くの方が支持した「情報フォトニクス」であった.光学2003年7月号の「情報フォトニクス」の特集号の「情報フォトニクス:その概念とめざすもの」の冒頭で,

「情報フォトニクスの研究領域を産み出した背景として,半導体技術の急速な進歩による電子情報技術の発展や,社会の高度情報化の発展を支える高速光通信網を実現するフォトニクス技術の進歩,国の科学技術政策や人々の科学技術に対する指向の変化に伴う研究開発トレンドの変化がある,それと同時に,量子コンピューティングや分子コンピューティング等の新規計算原理や,フェムト秒パルス操作技術や微細加工技術,マイクロマシン技術等の新規技術の出現によって,多様な技術を融合した新しい情報処理システムへの期待感が挙げられる.このような現状の中,既存の光コンピューティング,光情報処理,情報光学の領域には収まらない新規な情報フォトニックシステムや,光を情報のキャリアとする新しい応用を目指した情報処理が起こってきたといえ,情報フォトニクスは,フォトニクス技術を核とする多様な技術を結びつけたフォトニック情報システム構築のために新しく考案された研究領域である.」

と記した.また,その編集後記をみると,以下のように書かれていた.

「アメリカ光学会のトピカルミーティングとして18年にわたって行われてきたOCシリーズ(Optical Computing, Optics in Computing)が今年で最後に生まれ変わることが決まった.同シリーズは隔年開催のため,次回は2005年になるが,新しいInformation Photonics,すなわち,情報フォトニクスとして再スタートを切る.Optics ComputingからOptics in Computing,そしてInformation Photonicsの変遷は,より広い分野の研究を取り込むためのものである.光コンピューティングの分野の研究者は,自信の分野から様々な技術を他分野に輩出してきたと自負している.光インターコネクションしかり,高速光信号処理しかりである. ...(中略)...実は,日本における情報フォトニクスの移行は,アメリカ光学会の動きに先立って行われた.もちろん本号特集の企画段階では,今回の動きを知る由もなかった.その意味で,本号の特集は,時代を先取りしたものであり,また,日本における同分野の国際的感覚に誤りのなかったことが改めて示されたと思っている.本特集では,...」

 ここで,重要なことは,2点ある.1つは,光コンピューティングとは,光技術と情報技術を融合したイノベイティブな研究開発を産み出しうる研究領域を形成しているのに対し,光コンピュータを実現するための技術,または,電子コンピュータを光コンピュータで置き換える技術が,光コンピューティングであるかのように矮小化されてしまった.情報フォトニクスは,再度光と情報の融合よるイノベーションを産み出す舞台として領域形成されたと考えている.
 もう1つは,光と情報にまつわる研究領域が,日本,韓国,中国を含むアジアにおいて,非常に顕著な研究成果が出ていることである.アメリカを中心に日本も含めてバイオ研究に大きく舵取りがなされており,その一方で,アジアでは,ディスプレイやメモリー,光通信といった研究を先導している.欧米の情報フォトニクス分野におけるに,一時の脅威はなくなくなった.我々情報フォトニクスの研究者として,10年後,20年後,30年後を考えた時に,一人の研究者としても,新産業の創出でも,チャンスであることが確信される.
 本稿では,まずはじめに,情報フォトニクスの定義を述べる.次に,既存の情報フォトニクスの発展として,これから展開するいくつかの方向性について考える.

1.情報フォトニクスとは
 フォトニクスとは,従来の光学(オプティクス)の範囲より広く,光の発生や,伝送,変調,検出から光源,ファイバー,各種の光部品,光情報機器,関連する電子装置やその利用に至るまで,光に関係したあらゆる範囲を扱う研究開発の領域を指す言葉である.
 情報フォトニクスとは,その中の情報の操作(生成・収集・蓄積・伝送・処理・検索・提示)に関連する研究開発領域を指す言葉である.重要なことは,
情報を操作する過程の中で光を情報のキャリアとしていること
であり,
情報を操作する方法に新規性を見いだす研究領域
である.情報フォトニクスとは,情報の関連したフォトニクス分野の中での広い研究領域を有し,関連する光源,光学素子,光マイクロマシン,イメージセンサー等のフォトニックデバイスを巧みに適用し,光通信,光記録,光加工,ディスプレイ技術を融合しながら,新しいフォトニック情報システムを実現するものである.
 上記のように,情報フォトニクスをフォトニクス技術を介した横断的な研究領域として捉えることができると同時に,これまでに培われた光コンピューティング分野における発想を具現化するための現実的な発展として捉えることもできる.1980年代,光情報処理や情報光学を含む広い研究領域をカバーする研究領域として光コンピューティングが始まった.1990年代後半,半導体技術と協調する形でかなりのレベルに達した光コンピューティングの研究ではあったが,半導体技術の急速な進歩に引きずられる形で研究の方向性が揺らいでしまったため光情報処理研究者が当初夢に描いた光コンピュータの実現に至ってはいないことや,研究領域全体の方向性のデフォーカスにより基盤となる概念や理論の創出を果たせないままであることが挙げられる.さらに,多様な思惑の結果,光コンピュータを実現するための技術,または,電子コンピュータを光コンピュータで置き換える技術が,光コンピューティングであるかのように矮小化されてしまった.
 しかし,実際の世の中をみると,フォトニックネットワークや立体ディスプレイ,光計測システム,補償光学システム,レーザープリンタなどにおいて光コンピュータと呼べるようなシステムが存在している.しかし,それらを光コンピュータとは呼ばない.そこに根ざしているものは,キーワードのトレンドの問題ではなく,研究者のスタンスの問題である.光コンピューティング研究に反省があるとするならば,オールオプティカルや完全な並列性といった光へのこだわりである.超短光パルス操作技術や微細加工技術により光を制御できる技術が出揃う中,その光へのこだわりを捨て,目的に必要な技術が何かを検討し,吟味する必要がある,そこで,情報フォトニクスは,光分野の研究者に対し,光にとらわれない自由な発想の機会を提供する.
 本章は,光学2003年7月号の「情報フォトニクス:その概念とめざすもの」の一部の抜粋である.この文章は,システム志向(思考,嗜好)で書かれている.現在は,システム志向もこだわらなくていいのではないかと考えている.誤解を受けないように言うが,私自身は,光コンピューティング研究者の諸先輩方にシステム志向の重要さの教育を受けた.システム志向は,我々のアイデンティティの1つであり,我々の存在意義である.従って,後輩達には,システムの面白さや重要性は,継続的に伝えていかなければならないと考えている.

2.情報フォトニクス
2.1 研究テーマ選定の自由さ
 情報フォトニクスの展開がどうなるかを決めるのは,幸か不幸か我々である.これは,現時点で,研究テーマの選定が,他に依存しないということを意味している.世の中を冷静によく見てみると,多くの研究者が,(自分では自由にやっているつもりであるが,)自分よりも大きな力に依存して研究テーマを決められている.(たまには他人に決められたい気もするが.)あらためて我々を見つめ直すと,繰り返すが,幸か不幸か,自分が自由に研究テーマを選定している.そうは言っても,何もないところから自由に研究テーマを選定するのも難しいので,少し我々を束縛してみよう.

2.2 回折大好き
 ホログラフィックメモリー,ホログラフィックディスプレイ,ホログラフィック光ピンセット,デジタルホログラフィ,計算機ホログラムと光の回折現象を用いた研究は花盛りである.個々のアプリケーションは,魅力的であるし,何より,回折は任意の光の波面を生成できるため,次々と新しい応用を創造できる.回折現象を基づくシステムは,技術シーズとして継続的に研究していける.若い人には,干渉・回折はもちろんのこと,システム志向であるフーリエオプティクスは,(できればよく分かっている人の近くで),是非ともマスターして欲しい.
 ホログラム表示デバイスである空間光変調素子には,サブ波長分解能で2ケ以上の性能が必要である.この仕様を実現するためには,新規なアイデアの注入が必要である.ホログラフィック立体ディスプレイを実現するためにも,フェムト秒パルスのホログラフィック制御を実現するためにも,研究しなくてはいけない.
 ご存じのように,現状の空間光変調素子には,低い空間分解能に加えて,薄いデバイスであるし,応答速度も十分でない.この限られた能力の中で所望の波面に近づけるための工夫が研究となる.これは,論文を継続的生産できる根拠となっている.そのまま研究を続けていて何も困ることはない.究極の空間光変調素子ができるまで研究は続く.これは,現在のナノ構造形成技術と世の中の要求から想像すると,ゆっくり20年ぐらいかけて,空間光変調素子は開発されるだろう.そのような究極の空間光変調素子ができたら何ができるかは,空間光変調素子の開発の原動力になるので,継続的に考えなくていけない.

2.3 ナノテクは続く
 ナノフォトニクス,プラズモニクス,アトムオプティクスは魅力的である.対象のサイズが小さくなれば,それに時間的・空間的にアクセスするための各種制御技術が情報フォトニクスとして貢献しうる重要な研究項目である.まずは,空間光変調素子の性能向上やホログラム作製技術に伴って,大規模の空間的な同時並列に物理的・化学的変化を起こし,超高速で処理を実施できる超並列光アクセス技術が重要であり,分解能向上させるための非線形光学やプラズモニクス等による光学技術が取り入れる必要があるかもしれない.将来的には,少数の原子の状態を,光を用いて外界に取り出す原子・光インターフェイスやナノメートル領域の現象をマイクロメートル領域の現象として取り出すための光インターフェイス技術も情報フォトニクスの研究領域である.これらは,次世代・次次世代の光メモリーや光コンピューティング,各種センシング技術の基盤技術となる.

2.4 量子のふりかけ
 量子通信,量子計算,量子ビット,量子エンタングルメント,量子干渉,量子ビーム,量子イメージング,量子ホログラフィ,....量子と付くだけで,神秘に満ちた存在に見えるのは私だけだろうか.非常に微弱にしたレーザー光は,あたかも粒子のように,検出面に時間的にも空間的にも離散的に検出され,各点の到達するフォトンの数は波動性によって決定される.このように,簡単に波動性と粒子性をあわせ持つ量子ビームが生成できる.これは,量子光コンピューティングや量子通信の原理検証実験に用いられている.量子エンタングル状態のフォトンは,パラメトリックダウンコンバージョンを用いて生成される.直交する2つの偏光状態が同時に存在し,測定するまで分からない.かつ,2つのフォトンのうち,一方を測定すると他方の偏光状態が確定される.干渉計測や回折光学素子,ホログラフィ,並列情報操作などの光情報処理のノウハウとスキルに量子のふりかけをかければ,新しい研究になる.

2.5 少し高価であるがフェムトを使えばまだなんとか
 やや高価でではあるが,フェムト秒レーザーを使うことにより,パルスシェーピングやスペクトラルホログラフィなど,時間と空間の織り混ざる光情報処理が可能であるので,研究対象として興味深い.フェムト秒レーザーパルスと低コヒーレンス光の質的違いは時間的コヒーレンスの大小であるので,一部のプレリミナリーな研究では,(インパクトに欠けるが,)フェムト秒レーザーの代わりに低コヒーレンス光源を用いて実現可能である.フェムト秒レーザーを使う場合,尖塔値の高さを利用した非線形現象を利用したい.時空間光情報処理に関しては,既に,多様な研究がなされているが,まだまだ,並列光情報処理との組み合わせと,原子や分子との相互作用をうまく利用することにより,新しい研究展開となる.
 再生増幅されたフェムト秒レーザーは更に高価であるが,出射された時間的に非常に短いパルス光をレンズにより空間的に狭い領域に集中すると,その点では,容易に,1平方センチメートルあたり1012W以上のレーザー光強度となり,興味深い物理現象が起こる.例えば,レーザー誘起衝撃波は,情報フォトニクスの情報制御に利用できる.

3.まとめ - 光コンピューティング カム バック
 情報フォトニクスの展開は我々の手にかかっている.ゴールメイカーとしての我々への期待は,非常に高い.ナノフォトニクス,バイオフォトニクス,量子フォトニクス,超高速フォトニクスに端を発し,新規な応用を見つけよう.ナノ構造光コンピューティング,分子光コンピューティング,量子光コンピューティング,時空間展開型光コンピューティングへと展開でき,第4世代光コンピューティングとなる.
 回折や干渉に基づくフーリエ光学やホログラフィを古いなどと侮ってはいけない.原子・分子インターフェイス,ナノ構造インターフェイス,マンマシンインターフェイス,ヒューマンインターフェイスと役立つところは盛りだくさんである.ディスプレイ,光メモリー,光通信,イメージセンサーなど産業界のと協力して,付加価値の高いシステム作りを進めていくのもいい.
 最後に,現在の情報フォトニクスの混沌とした状況では,個々の研究者が,それほど不快を感じることなく,そこそこの研究費を頂いて,社会に貢献しながら,研究を続けられる.しかし,歴史的に意味のあるイノベイティブな研究を目指すためには,やるべきことがある.その一つは,情報フォトニクスのテクノロジーをシステム志向も加えて,整理体系化して,共通基盤を形成する.それを十分に踏まえて,新たに考える.さて,整理体系化する価値のあることは,我々にはどれだけあるのか,今一度,皆さんと一緒に考えたい.